TOP・最新情報会について事務局から同期会みんなの近況OB会活動リンク集
 
 
このホームページでは、仲間・先輩・後輩の輪を広げ、交流を深めていくために 同窓生のインフォメーションをランダムに掲載しております。

 
●同期会からのお知らせ(※下線をクリックでリンクします。)
高3回
高4回
高5回
高8回
高10回
S26年卒
S27年卒
S28年卒
S31年卒
S32年卒
S33年卒
S37年卒
S38年卒
S39年卒
                 
高21回
高24回
 
S44年卒
S47年卒
S50年卒
S51年卒
S54年卒
S56年卒
S60年卒
H18年卒
 

高3回 ハイキング会/俳句会

梅香歩句会と称し年5回ぐらい近郊をハイキングし駄句をひねる会です。 気楽にご参加ください。
詳しくは幹事へお問い合わせください。


  武藤 尚  0423−66−2354
    又は
  今野 力  03−3994−5120

高4回 関東地区大会
 福高4回卆関東地区(卒業55年記念)大会をさる6月7日に港区六本木「新日鉱六本木クラブ」で開催しました。 参加人数は33名でした。

 開会に先立って校歌を斉唱しましたが、全員諳んじていたのには感激しました。

 福島からは恩師藤田利雄先生、浅野文平君が駆けつけてこられ、懐かしい思い出に浸り、時間の過ぎるのも忘れて歓談しました。

 予定時間を1時間半もオーバーし応援歌を歌い再会を約して解散しました。
 
(投稿、大久保)

高5回 福高5回卒・福女28年卒関東地区合同同期会開催

 昭和28年3月に両校を卒業した関東地区在住の合同同期会を、本年度は9月9日、昨年と同じ東京原宿の「南国酒家」で開催。古里福島市や三島市など遠方から17名の参加があり、福島代表の渡辺又夫君から古里の近況報告があり、傘寿を過ぎても健康に留意して頑張ろうと昔話に華が咲き、時間をオーバーして旧交を深めた。
福高幹事 上竹 實
 

高8回
鈴木航伊知 油彩画個展開催
高校第八回卒の鈴木航伊知さんが、個展を開催いたします。 銀座方面にお出かけの節はお立ち寄り下さい。
● 鈴木航伊知 油彩画個展 ●
日  時: 2009年3月31日(火)〜4月5日(日) 12時〜19時(最終日18時まで)
場  所:





大黒屋ギャラリー(7階) 東京都中央区銀座5-7-6 TEL.03-3571-0008

(アクセス)
地下鉄銀座駅A2出口下車徒歩0分
(銀座四丁目交差点、三愛ビルより、 銀座中央通りを新橋方向へ三軒目)(田崎真珠の隣)
展  示: 60点余
画  歴:




1937年生まれ
フランス サロンドートンヌ会員 パリ国立美術学校在学(1991〜92)
パリ市内画廊企画個展3回 
ルサロン金賞ほか多数受賞 在欧6年
自  宅:


〒299-3218 千葉県山武郡大網白里町北飯塚199-31
Tel/Fax 0475-73-3978
鈴木航伊知の世界 http://www003upp.so-net.ne.jp/koichi-s/
案内カードをご希望の方は、鈴木さん宛てに直接ご連絡ください。
 
第5回「八香会となかま展」盛大のうちに無事終了
 「福島市制100周年記念まちづくり事業」参加団体として開催された第5回「なかま展」は今年も大勢の来場者を福島市民ギャラリーに集め、今年古希を迎えた我々の力作に称賛の声を沢山頂きました。"若くはないが枯れてもいない" また、来年に向け新たな作品作りの意を強くしました。
古希を迎えた仲間と歩みを「梅花 夢 燦燦」と題し記念誌を発行
レッドベストを着用しての還暦同期会。"60才の坂がみえてくると、己の先も見えてくる。若くはないが枯れてもいない" 当時の宣言文で発足した八香会もあれから10年。途中遠くに旅立った仲間もいるが古希の節目、市制100周年の今年、会員一人一人の「70年の思い〜古希の独り言」や10年間にわたる事務局通信「八香会たより」とその「歩み」、「なかま展の記録」を280ページ余にまとめ記念誌として発行しました。
 中村 記

高9回 【nineclub】
平成27(2015)年度 NINE CLUB例会開催日程「さくく、あつまらんしょ」
☆会場=渋谷・千両  時間=午後5時  *4月・6月・10月 : 午前11時
●日程

2月9日(月) 5:00P.M.
 新年会   
 *4月の観桜会・
5月の祝喜寿旅行について 
 渋谷・千両
4月9日(木) 11:00A.M.  観桜会  
5月20日(水)〜21日(木)  祝喜寿・くまがいそう(松川・水原)鑑賞旅行
 *5月20日(水)午後2時 二本松駅集合 
 岳温泉泊
6月9日(月) 11:00A.M.  旅行報告会  
8月10日(月) 5:00P.M.    渋谷・千両
10月9日(金)11:00A.M.
   渋谷・千両
12月9日(水) 5:00P.M.
 忘年会        
 渋谷・千両
 

ナインクラブ郷里訪問 祝喜寿くまがい草群生地探訪の旅

 
 福島市松川町出身境氏の発案で5月20日、21日に第9回卒生の喜寿を祝い、岳温泉一泊、松川町水原日本最大級のくまがい草自然群生地を訪ねる旅となった。
 環境省絶滅危惧種U類に指定されているくまがい草は、地元松川町の人々の手厚い保護により見事に蘇っていた。5月20日14:30JR二本松駅集合、関東組は東京駅発12:00やまびこ137号郡山下車、13:39にて二本松へ。ホテルのマイクロバスにて岳温泉櫟平ホテルへ。
 樽酒サービスの露天風呂の後、宴会まで時間があったので、ホテルから望める鏡ケ池を散策、風呂上がりには涼しすぎる高原、みちの
の安達のまゆみたむれども・・・柿本人麻呂の歌碑の解説は高橋博士。18:00より宴会、司会役の石渡氏により物故者への黙祷、境代表幹事の後乾杯、出席者22名の自己紹介、何度紹介されても覚えられないと女性陣(4名)無理もない男性は女性の名前を覚えるのは容易だが。一人のみのカラオケだったが、校歌斉唱で散会、特別に設けられた談話室で松川地酒金水晶にごり酒「白しぼり」で2次会、甘党には玉嶋屋の玉羊羹。高校時代の思い出話に時間を忘れる。
 翌21日、9:00マイクロバスにてホテルを出発、残雪の安達太良、吾妻の山並みを望み一路松川町水原のくまがい草群生地へ。対向車とすれ違うことの難しい狭い道路、まむし注意の看板をみて保護活動協力金300円を払い、境氏の従兄弟84歳斎藤文郎さんの案内で杖を突きながら山道を登る。生憎、花の盛りは過ぎ「クマガイソウの里まつり」は終了の掲示板、それでも団体の鑑賞者は引きも切らない。数は少ないものの可憐な袋状の花弁をみることが出来、接写のカメラシャッターを押す者多し。乱獲の被害にもめげず10年前に「水原の自然を守る会」を発足させ、公開にふみきった。道々に群生する山野草の写真つき説明板、さわやかな山風、杉林のフィトンチット、はじめて知る野草の数々、ニリンソウ、ヤマブキソウ、クリンソウ、ハナイカダ等。戦後の食糧事情の悪い時代に育ったこともあって、この野草は食べられるか食べられないか、おいしいか、まずいかと喧々囂々。
 山を下りて売店で山菜の土産を手に、荒井ゆず沢の茶屋にてゆず御前を食し母校へ。昨年2月に太宰府天満宮から恵与された梅を見に訪問。梅の花は見られないが、校歌の「花咲きみのりて」のごとく見事に結実した梅の実。五本の梅の木をバックに集合写真。心字の池水には水はなく、モニタリングポストの数値は0.23μsv、相変わらず空間放射されていた母校を後にした。
 
 
 
 くまがい草
写真撮影 田村英信
くまがい草
 野生のラン科の多年草、紅紫色の網目状脈がある袋状の花弁、一の谷の合戦で有名な武将熊谷直実が流れ矢を防ぐために背負って戦った布の袋(母衣)に形が似ていることから名がつけられた。別名ホロカケソウ。

松本 淳

ナインクラブ6月例会 母校梅苑会館を訪ねて

 
  平成25年ナインクラブ6月故郷訪問例会は、梅雨入り目前の6月9、10日高湯温泉玉子湯泊、母校梅苑会訪問の1泊2日の旅となった。
 9日創業140年の玉子湯現地集合のスケジュールで福島、仙台組、女性4名をまじえ27名の参加、源泉かけながしの露天風呂で汗をながし18:00集合写真撮影後、物故者への黙祷の後、奥山幹事のあいさつで例会は始まった。昭和32年卒業以来56年振りの母校訪問は、母校創立115年記念の年でもあり、我々9回卒が本年75歳の後期高齢者を迎えたこともあって、意義深いものと企画立案された。体調不良で欠席となった半澤会長のメッセージが松本司会役から読み上げられた。
 『15年前の母校創立百周年記念式典が平成10年9月5日に県文化センターで挙行され、我々同期生66名が玉子湯に参集、還暦祝賀会が盛大に開催されたことは、楽しい思い出として蘇ります。ナイン(9)クラブの始まりは、母校百周年記念、満60歳定年を迎え第二の人生を歩む契機に発足した「寄り合い会」から始まり、9回卒生に因み毎月9日にJR西日暮里の「樽茶屋」での集まりであった。同店が閉店になることになり、渋谷「千両」で隔月偶数月の9日に集まることになった。今日は最終章の一端の故郷訪問旅行会です。故郷の自然の緑の風を胸一杯吸い込んで未来への心の糧にしてください。明日は、久しぶりの母校訪問です。創立百周年記念に建設の梅苑会館見学が予定です。どうか、我々の時代にはない雰囲気を味わってください。3.11の大震災は県全体に大きな後遺症をもたらしております。元気がでるように励ましてください。必ずや立派に復興するでしょう。期待しております。皆さん方も健康にして故郷訪問例会が盛大でありますよう祈年いたします。』
 乾杯の音頭は地元代表の油井政二氏、菅野国光氏差し入れの猪苗代の地酒が早速開栓されカップに注がれる。宴たけなわのころ、館主後藤省一氏がご息女の結婚式から帰られ館主挨拶となる。館主は6代目、7代目の誕生となり8代目の誕生が待たれる。
誰一人カラオケを所望する人はおらず、何十年振りの会合で話は尽きず、校歌、応援歌・捷の曲を斉唱して20:00散会。二次会は幹事部屋にほとんどの人が集まり、差し入れの初物西瓜で酔いを覚まし暫し歓談。23:00退室就寝。
 
 
 
 翌10日は快晴に恵まれ、記念写真は玄関前より茅葺き屋根の露天風呂のバックが最高と出発前、梅章旗を掲げ館主をまじえ集合写真。朝早くからエゾハルセミの鳴き声。
 宿のマイクロバスと各自の車で母校へ出発、右手に吾妻連峰を眺み一切経の噴煙がはっきりと見える。時間があるので純日本庭園浄楽園に寄る。吾妻山を借景に咲き始めた色とりどりの花菖蒲がはなを添える。
 マイクロバスを迎えてくれた今関先生の案内で梅苑会館へ。記念に校歌碑の前で集合写真。母校訪問の御礼をお渡しし、小林教頭の母校の現状と未来についてのお話。西山教頭も列席。平成24年度学校案内「花咲き実りて世のため立たむ」が配布され説明される。「清らかであれ、勉励せよ、世のためたれ」の梅章のおしえの通り自主自律、文武両道の教えは今も健在。文部科学省からSSH(スーパーサイエンスハイスクール)の指定を平成19年受け、平成24年第2期がスタート、コアSSHの指定で福島復興人材育成、グローバル人材の育成に励んでいる。昨夜例会の席でS氏から新聞コピーが回覧された。原発と福島手探りの教育除染研究を見守るSSH部顧問物理教諭原尚志氏が紹介されていたことを思い出す。
 2011.3.11震災後、北校舎2棟が使用不可となり、現在1、2年生は仮校舎で授業、放射線量は校舎内では低いが校舎外では高い。そういえば、心字の池水の前のモニタリングポストの数値は0.61μsvであった。本格的な除染は本年からで新校舎の完成は平成26年4月が待たれる。うれしいニュースは応援団の復活、女性のチアリーダーと一緒の活躍が期待される。昼食の弁当を食べながらの懇談となり、制服制帽の話になった。金線二本の学帽は見られず、応援等の行事のときのみで梅章のマークはバッチのみ、丸坊主頭の我々の時代とは隔世の感。種々質問がなされ、校歌、応援歌斉唱して散会。有志数名が歩いて福島駅へ。駅の温度計は31.1℃、栄町のビアホール、ローゼン・ケラーで喉をうるおしそれぞれの家路についた。
 
              花咲き実る梅の実の数をかぞえて母校をあとに
              0.6μsv数値みて心字の池水干上がりており
              万緑の忍の里のモニタリングポスト数値気にして母校への道
 
 
松本 淳
ナインクラブ6月例会 いわきスパリゾートハワイアンズ一泊の旅
 
  「本当に思いがかなった。震災後の被災地を訪ねられて・・・」と6月例会半澤会長の挨拶から会は始まった。全国きずなキャラバンを結成し、被災地各地を慰問公演したフラガールを応援しようと6月8日ナインクラブ参加人員15名、仙台地元組3名、計18名のいわき湯本温泉スパリゾートホテル一泊の旅となった。

6月8日(金)曇
 大宮駅西口そごう前に9時集合、9:18 15名を乗せたマイクロバスは黄金色に輝く麦畑を見て、5月北関東地区を襲った竜巻突風の被災地を経由、益子焼窯元「つかもと」での陶器絵つけ教室、18cmの素焼きに筆で思い思いの絵つけ、いきなり皿に絵を描きなさいと言われても戸惑うばかり、人生経験豊かな面々、絵より文字を書く人が多く、焼しめの出来上がりが楽しみだ。登り窯を見学し、昼食は鮎の塩焼きに益子焼の釜飯。ホテル直行までは時間があるので時間調整を考え、明日の見物予定地塩屋岬へ。塩屋埼灯台をバックに美空ひばりの歌碑、ながれる「みだれ髪」のメロディー。豊間海岸のバスからの眺めは、津波にあった家々のコンクリート基礎、ベニヤ板で囲われた誰も住んでいない家、うずたかく積まれた瓦礫の山々、メンバーの中には親戚、知人が被災された人もおり、バスの中は暫し沈黙の空気に包まれた。3/11の地震、津波、原発事故の放射能と風評被害の4重苦に苦しむいわき相双葉地区をぜひ元気づけたい気持ちが全員に伝わったことだろう。
 5時ホテルに到着、既に地元組は4時に到着15名を待っていた。バスの中でホテル従業員から6時夕食、8時半フラガールのビーチシアターの案内、入浴後短パンにアロハシャツのいで立ちで集合写真、奥山幹事から挨拶とスケジュール、半澤会長の乾杯で会は始まり、郡山の池田氏の地元事情と被災地ボランティア活動への感謝の言葉、仙台の羽田氏から女川原発との電力事情に耳を傾け、和気藹々のうちに閉会の8時となり、応援歌捷の曲と校歌を斉唱し、8:30のフラガールポリネシアンショーの会場ビーチシアターへ向かう。
 家族連れも多く、老いも若きもアロハスタイル、子供達のアロハシャツ姿は可愛い。有料予約席は最前列のかぶりつき、ドリンク引換証明書でピンクグレープフルーツを頂き、ショーの始まりを待つ。フラダンス、タヒチアンダンスなどポリネシアンダンスの躍動的な踊り、生バンドの演奏のリズムと点滅するレーザー照明、筋肉質体型の男性の火炎バーの踊り、休憩時間を挟んでのフラダンス教室、我がメンバーから舞台に上がる者4名、黄色いレイを掛けられて踊るのはご愛嬌、約1時間でショーは終わり、最後はフラガールを交えての記念写真。2次会は幹事部屋で11時終了宣言、就寝。
 
 
 
6月9日(土)雨
 天気予報通り、朝から雨。1名直帰のため、17名による環境水族館アクアマリンふくしまの見学。震災事故により一時閉館していたが、他の水族館に引き取られていたトドやゴマフアザラシが帰ってきて再開され、土曜日のせいか親子連れの客が多く、親潮と黒潮の潮目の海をテーマに構成されてあり、子供達には生きた理科教育。昼食はまるかつ食堂でめひかりの天麩羅、刺身と魚介豊富な茶碗蒸しの豪華版(1,565円)、まるかつ食堂は小名浜港トンネルに隣接し、津波は1階土産品売り場2m近くまで水没、「3月11日ここまで津波がきました」と矢印で表示されていた。昼食後、仙台福島組と別れ、いわき・ら・らミュウで土産品の買物、小生ははじめてウニの貝焼きを2個購入、残念ながら地元産に非ず海外物であった。各自土産品を手に帰途につくが、途中、五浦海岸の岡倉天心ゆかりの再建なった六角堂を見学、雨にも負けず往復30分、待機組はバスの中。五浦海岸を2:30出発、車中福島の渡辺氏寄贈の福島民報、福島民友発刊のふくしまの1年の記録グラフ誌を回覧、和合亮一、倉本聰の詩と巻頭文、原発事故の放射能にめげず復興に勤しむ福島の人々の姿が活写されている。折しも6月8日、野田首相は関西電力の大飯原発3、4号機の再稼働と判断と新聞記事、気象庁は関東甲信越地方は梅雨入りと発表、雨中のバスの中は相変わらず談論風発縄文式文化、古事記、黒潮と親潮の塩分の違い、大根のヒゲ根等寝ている暇もなく大宮に5:40到着、解散となる。8月例会でまた。
 
参加者名 : 長南一夫、多勢信一郎、太田正勝、高橋文二、田村英信、松本淳、石渡武男、海野素治、奥山穣、半澤章利、片桐勤也、境成雄、遠藤進、佐藤鐵夫、鈴木正敏、羽田登、池田明夫、渡辺剛男 以上18名
 
松本 淳
ナインクラブ伊豆熱川旅行
 
 ナインクラブの伊豆熱川旅行記を関東梅苑会ホームページに掲載せよと半澤会長からメール。観光はしなかったのであまり書くことがないと返事したら、今回の旅行は東日本大震災の後、今までの旅行とは違うと説得される。
  本年のナインクラブの故郷訪問旅行は当初、平成20年の相馬野馬追いに引き続き、浜通りの南、小名浜に泊まってアクアマリンふくしまを見学、場合によっては福島原発を見学をと計画していたが、3月11日の東日本大震災、急遽計画変更、近場の伊豆熱川となった。
  6月9日12時 東京駅9番ホーム9号車付近集合、12:32快速アクティに乗車、節電のため踊り子号は運休、ボックスシートで旅の無事を祈って缶ビールの乾杯、幹事が予め予約していた1,600円の東京弁当を食す。幹事のおもてなしの心くばりに感謝。仙台から羽田氏が遠路はるばる参加、参加人数16名、熱海で伊豆急行に乗り換え、熱川駅下車、ホテル用意のマイクロバスにてホテルカターラ福島屋へ。
  早々とホテルに到着、6時宴会までの間はやはり東日本大震災の話に終始。6時集合写真撮影後宴会、奥山幹事から熱川に変更になった主旨の説明の後、半澤会長の挨拶、羽田氏の乾杯。被災地仙台の現状と地震当日松島のホテルで旅行の打ち合わせをしている最中に遭遇、ほうほうの態で瑞巌寺に逃げ難を逃れた。迫ってくる巨大な津波を自分の目で見た話には迫力がある。カレンダーの裏にマジックペンで書かれた図をもって飛行機の危機管理、トラブル発生後のバックアップ体制について長南元全日空機長の講義等があり、酒量は落ちたものの和気あいあいのうちに伊豆の夜は終わった。遠藤氏の中締めの後、応援歌捷の曲、校歌を斉唱し散会。2次会は幹事部屋にて、各自大震災の体験話に終始したと聞く。生憎、小生は眠気には勝てず2次会は欠席、当日のNHKラジオ深夜便の隠居大学、安野光雅、天野祐吉の対談が面白く、つい熟睡することがなく寝不足だったのです。失礼致しました。
 
 
写真撮影者 : 田村 英信氏
 
 翌10日、バイキング形式の朝食後、流れ解散。高橋文二博士は京都での仏教文学の研究会に出席のため京都へ。有志7名が熱海駅で途中下車、バスにてMOA美術館へ、入場料70歳以上1,200円を払ってエスカレーターを乗り継ぎ、特別展、竹内栖鳳と板谷波山展を鑑賞、昼食は熱海駅前の囲炉茶屋にて1,470円の刺身定食。あじの干物と温泉まんじゅうを土産に帰途に着く。後日、仙台の羽田氏から礼状が届く。「MOA美術館東洋の美も味があって良いものですね。時間がなくて駆け足だったのが残念でした。」
  3日後の6月13日、東日本大震災復興チャリティー落語会第四回文七迷人会が茶屋あさくさ文七にて開催された。同期の花伝亭笑龍(橋本龍聖)が高座に上がり15分の「長短」を熱演。笑いの出前「文七迷人会」のメンバーはかつてのサラリーマン企業戦士。落語芸術協会が主催する落語の学校「花伝舎」の卒業生。昨年3月から活動を始め、出前の寄席はホテルや病院等へボランティア「落語で広がる温もりの輪」をモットーに震災被災地支援活動を行っている。後日、橋本氏よりメール。「大震災チャリティー落語会という事で皆様のご協力、心から御礼申し上げます。ナインクラブの皆様の絆に感謝致しております。次回に向け新しいネタを演る事で皆様から元気を頂いております。頑張ります。」
 
写真撮影者 : 田村 英信氏
 
追記 : 福高の仮校舎は完成していました。校庭の土は取替え除染され、野球部、ハンドボール部の練習をしていました。とにかく暑い福島でした。
 
松本 淳
ナインクラブ北京西安旅行紀行
 
 あと何年海外旅行ができるのか、有効期限10年のパスポートを開いている連中が成田空港に集まった。10月15日(金)成田空港第1ターミナル4F南ウイングにナインクラブ(福島高9回卒)の夫婦7組、単身3名、計17名が集合。従来、ナインクラブは単独のツアーを組んできたが、今回JTB旅物語デラックス北京・西安5日間の旅に便乗、我々17名の外に女性2名、計19名のツアーとなる。添乗員は同行せず、現地係員の案内の旅となる。尖閣諸島沖での中国漁船衝突事件、ノーベル平和賞劉暁波受賞決定等で中国旅行をキャンセルする客が多い中の出発となった。

10月15日(金)曇 
15:15 CA926便にて北京空港へ。待合室で中国4000年の歴史について、加藤氏からコピーを渡され講義。19:26北京空港に到着、バスに乗り北京新世紀日航飯店へ。現地ガイドは、張一鳴、31歳独身の緒方直人似の童顔、頭髪はとんがったヘアメイク。バスの中から半月の月、ガイドから3つのお願い、@パスポートは命の次に大事。A多めに水を飲むこと。B安全管理、特に交通事故、北京の車は勇気優先との事、集合時間厳守で、迷子になったら動かない事、ガイドの携帯電話番号を知らされる。夕食は機内食だったので打ち合わせのため、単身者の部屋に集まる。初日しか集まれないスケジュールだ。ウイスキーを飲みながら、加藤氏の中国の歴史の続きを拝聴。(9,079歩)
 
10月16日(土)晴 
モーニングコール6:00、7:20ホテル出発、北京市内見学、まず天安門広場へ。好天の天安門広場は観光客で充満、正面中央の毛沢東の肖像画、人民大会堂の円形の赤いマーク、21年前の1989年天安門事件の現場なので感慨深いものがあった。広場での集合写真150元で購入、持参したカメラで梅章旗を入れて写真を撮ろうとしたら、巡回中の警官に旗はならぬと注意を受ける。
  広場を通って午門から故宮博物館へ。展示物ではなく主に宮廷建築、映画ラストエンペラーでみた太和殿高さ35m、間口66m中国最大の木造建築物、太和殿、中和殿、保和殿へ、裏階段最大の一枚岩の雲竜石、どうやって運んだのか疑問。保和殿の裏側は塗装されていない。北京五輪のために表側のみ塗装したとのこと。外朝に比し、内廷は緑がありホッとする。出口の神武門からの緑の景山公園が見える。翡翠土産店経由で郷土料理の昼食。
昼食後、北京から北西75kmの万里の長城、八達嶺長城へ。総延長6300kmの一部ではあるものの八達嶺の男坂、女坂に分かれ、健脚者は男坂、小生は女坂、途中急勾配の箇所はエンジンがかかり有酸素運動。標高1000m、防寒のためコートを着用。長城の基礎は、花崗岩、上部のレンガは触ってみると堅いレンガ。長城の両サイドは紅葉、めったにない快晴に映え、50分の長城散策は心地よい疲れ。茶芸店での鉄観音の試飲の後、夕食は全聚徳で北京ダック料理、ビールは1本30元。19:30オプションツアー雑技鑑賞、京劇鑑賞に分かれて観劇(270元/人)雑技の身のこなしは中国伝統の技、体操中国世界一は頷ける。(6,368歩)

10月17日(日)曇 
北京から西安への移動のため、4:45モーニングコール、5:30ホテル発、朝食はパスの中で弁当、7:20CA1203、約2時間で西安到着、機内食の朝食。西安の街は古都だけあって緑が多く落ち着いた街、バスにて咸陽の漢陽陵地下遺址博物館へ。2006年オープンの前漢四代皇帝景帝(紀元前157〜141)の墓、地下7mを掘った上にガラスの床がはられ、床下をのぞきこむと多数の陶俑、腕のない裸の陶俑、木製の腕は腐食して無くなった。昼食は西安田舎料理、日本人にあう味。午後の見学予定の陜西歴史博物館を中止してホテル直行。午後2時西安市内で反日学生でもが行われるとの情報、デモは市内の大雁塔広場を出発、城壁内の中心地鐘楼を目指す、我々の泊まるハイアットホテルは市内中心地。交通渋滞に巻き込まれる危険性があり、安全第一を考えホテルに避難。前日の西安の反日でもは7千人以上の学生達が「日本製品を買うな」などと叫びながら行進、日本料理店のドアガラスが割られたり、一部が日系スポーツ店に押し入り治安当局に排除された。仕方なくシャワーを浴びて休憩。夕食のしゃぶしゃぶ(火鍋)料理はキャンセル。ホテルでの夕食となるとフルコースは高価、ガイドと幹事がホテルと交渉1500円/人で中華料理(蜀珍亭)コースで決着。夕食前にJTBと西安国際観光社に提出する書類の文言について男性陣が集まり協議、旅行の約款はどうなっているのか、誰も契約のしおりを持参していなかった。デモにより、午後のスケジュールがやむを得ず中止になった旨の文言に落ち着く。旅慣れた面々が多く、定年前は重要な地位を占めていた人達の知恵が役立つ。部屋でNHKbsテレビニュースをみた女房が中国内陸部の成都、綿陽等で日本製品のボイコットの学生デモの様子を放映していたと。デモのお陰でハイアットホテルの中華料理を食すことが出来、ビールは高いものの、静かな雰囲気の貸切部屋で二つの円卓を囲み一流ホテルの中華料理を味わうことが出来た。万歩計計測を忘れる。ホテル・ハイアットリージェンシー西安

10月18日(月)曇 
8:00ホテル出発、約1時間で兵馬俑坑博物館へ。秦の始皇帝の陵の東1.5kmの地に1974年井戸を掘ろうとした農民が地中から陶片を発見したという。6000体を超す兵士の陶俑、ドーム状の屋根に覆われた巨大な体育館のような1号坑から見学、兵士と馬の俑が整然と並ぶ。兵士の身長が178〜187cmと大きく、発見されたときは彩色されていたというから驚き。続いて3号坑、1号坑を見学、1987年世界遺産に登録され、現在も発掘中で作業員が仕事中。陳列館て銅製の四頭だての馬車が2両、秦代の高度な技術を伝える。土産店で兵馬俑の発見者楊さんのサイン入りのカタログ150元を購入、10元のチップで握手する。兵馬俑のフィギアを3点600元を400元に負けさせて購入。12:00まで150分の充分な見学時間。昼食は秀嶺園で麺料理。玄宗皇帝と楊貴妃が毎年冬に過ごした温泉地の華清池へ。温泉はいまでも湧いており触ってみたらまさしく温泉。陜西省美術博物館内工芸展の売り込みの激しいのには驚く。市場経済導入で博物館も稼がなければならないという。鐘楼、鼓楼の見学は明日に延ばして絨毯店(珍品堂)へ。営業の陳さんの吉本興業ばりのお笑い売り込み。川口で鋳物の勉強をしたという。日本語がぺらぺらで関西弁は苦手。粘って値切って高価な絨毯を購入する金持ちもいる。慈恩寺の境内にある大雁塔を見学。唐の玄奘三蔵がインドから持ち帰った経典の保存と翻訳のために建てられた7層のレンガの塔、正面からみると左側に若干傾いている。高さ64.5m階段248段の登楼は諦める。慈恩寺での書の売り込みの激しいのに驚き。夕食は老舗の徳発長での餃子宴は日本人お断りとなり、急遽、唐歌舞ショウのあるレストランで餃子の夕食。20種類以上の蒸し餃子、食べはじめは競って食すが後半は食傷気味で残す者多し。夕食後、唐歌舞ショウを鑑賞、色彩豊かなショウで約1時間20分。ホテルに帰ったら10時近かった。12,455歩。

10月19日(火)曇 
西安の空はスモックと濃霧で太陽の日差しはなし。鐘鼓楼を見学するため7:30出発。朝の鐘楼公園は太極拳をする老人、凧を上げてデモンストレーションして土産連凧を売る人、孫に土産と値切る(10枚10元)。シルクロードの起点である西安を離れ空港に向かうバスの中でガイドの張さんにお礼として福島高校歌を斉唱。
北京行き10:25CA1204が濃霧のため欠航遅延、12:00過ぎてもDELAY、Bad Weather, Unsureの表示のみ、搭乗券持参で弁当支給に応じ待合室で昼食。14:10の表示の4時間送れで14:35西安空港を離陸。搭乗1時間後に機内食。北京空港に16:50到着、16:40CA421に間に合うかと乗り継ぎカウンターに19名がケースを引き連れ蟻の行列のごとく進むものの誰もいない。我々のために待ってくれる訳がない。下館のYさんに旦那さんから携帯電話に情報が入る。北京のホテルに一泊、明日の便にて帰国との情報、下館から成田まで車で迎えに行く都合上、日本のJTBに連絡を取ったらしい。巨大な北京空港のインフォメーションカウンターでようやくJTBの女性の張さんに会え、空港近くのホテルに一泊。遅い単品夕食を食し安心して眠りに就くことが出来た。携帯辞書を片手に中国語のわかる多勢夫人の言語力と交渉力のお陰で安心して旅することが出来、翌20日北京13:25CA167成田行で無事帰国出来た。今回の旅行のため、わざわざ北京西安との国際通話が出来る携帯電話に契約し持参した佐藤氏、レンタル契約で国際通話出来る携帯電話持参した境氏、この2機のお陰で留守宅への緊急連絡通話等でどれだけ助けられたか、両氏に感謝する。6,848歩

尖閣諸島事件による学生の反日抗議でもに遭遇し予定変更を余儀なくされ、濃霧により欠航遅延により成田行最終便に間に合わず、北京にパジャマなし、化粧品なしの一泊をせざるを得ない旅となった。北京五輪に続き上海万博が成功したものの、反日デモに苦しむ中国政府をかいま見た旅でもあった。

帰国した翌朝は雨だった。庭の富有柿の実は赤く色づいていた。

 
松本 淳
ナインクラブ郷里訪問例会 : 日光会津の旅
 
ナインクラブ栄えよ永く
 
 梅雨入りは未だと6月9日1泊2日の日光、会津の旅に知ったかぶり、でしゃばりの面々が集まった。年男21名が大宮駅西口に集合、9:30予定通り出発。東北道経由で一路日光へ。輪王寺前にて集合記念写真。1枚1,000円の写真を購入するもの3名。ガイドの案内で輪王寺から東照宮へ、三猿、陽明門、眠り猫、鳴竜とガイドに従う。三猿は神厩舎の長押を飾る八態は人間の一生を表している彫刻であることを初めて知る。

 修学旅行の小中校生と昼食、葵御膳なる強飯式の食器で湯葉を頂く。昨年はインフルエンザ騒動で修学旅行が中止延期になったが、今年は土産店で土産を物色する生徒が目立つ。白河IC経由国道289号線で湯野上温泉へ、甲子温泉、甲子トンネルを経て、道の駅しもごうで小休憩、車中、菅田冤罪事件の話から松川事件の話に跳ぶ。小学校5年生だった昭和24年の出来事を小生を含めてみんな鮮明に覚えているという。

 午後4時ころ湯野上温泉旅館新湯に到着。現地集合の仙台、福島、会津の3名は既に到着済み。露天風呂は大川沿いに会津線の電車を見上げ、渓流には会津桐の紫色の花を望む。計24名による例会が集合写真撮影後6時開始。半澤会長の挨拶、郡山から大宮駅でバスに同乗の池田氏の乾杯で宴会に。

 馬刺し、またたびの天麩羅、鰊の山椒漬けと会津の美味。東北勢のスピーチの後は円座は解けカラオケに入る。最後に校歌斉唱と移るのだが、佐藤鐡夫作詞の替え歌のコピーが全員に配布、校歌の替え歌「ナインクラブの歌」。歌詞の終わりは「ナインクラブ栄えよ永く」。替え歌を唄い校歌斉唱、応援歌「捷の曲」。幹事部屋での二次会を約し9時散会。9,059歩
 
 翌10日、ゆっくりと時間をとった朝食、漬物のバイキング、自家製の梅干し、いか人参、新鮮なキャベツとキュウリの浅漬けはおかわり。予定通り9:30ホテルを出発、ホテル近くの塔のへつりを見学、雪崩により吊り橋から先の遊歩道は途絶、山菜のマタタビを1束200円で購入、茅葺き屋根の駅舎として名を上げた湯野上温泉駅へ。会津線の電車が上下とも停車していて絶好のカメラシャッターチャンス、電車のデザインは野口英世と母の姿、母の有名な手紙、記念の駅入場券を発行している。

 駅を後に下野街道大内宿へ、江戸時代の面影をのこす茅葺き屋根の家が並ぶ集落。参勤交代、大名行列が街道を賑わしたとおもわれ、タイムスリップに陥る。街道のアスファルトを剥がし土の道路に復元したと仙台の佐藤氏、土煙防止に用水路の水を撒いている。集落の全貌が望まれる高台、子安観音まで上る。大内宿をカメラに収めると一陣の爽やかな6月の風、樹木にはエゾハル蝉の声が心地よい。乾いた喉を潤すラムネは街道沿いの用水路冷やし。町並み展示館の入場料は250円なり。

 アスパラガス、山ふき、蕨、根曲がり筍を土産に街道中間の大黒屋で昼食。こづゆ、鰊の山椒漬け、山菜おこわ、圧巻は高遠ネギそば、ネギを箸代わりに薬味として大根おろしと鰹節の入ったそばをいただく。ネギにそばが絡まず難儀する。土産品を陳列してある縁側からの風は心地よい。山菜の蕨のあく抜きは重曹より灰汁が最適と会津在住の渡部氏。

 大内宿で東北組と別れ、源泉かけ流しの二岐温泉大丸あすなろ荘の露天風呂を堪能、希望者のみタオル持参で735円を払って入浴、蛇の出現にものともせずカメラのシャッターを押す西山氏、入浴者の笑顔と笑い声が渓流にこだまする。分水嶺のレジーナの森を経て一路大宮へ。

 帰路の車中は例によって談論風発、ネイティブアメリカン、隧道掘削の土木工事、ニードルベアリング、奈良平安時代の鬼の話等々、真打ちは奥山幹事の福島の民話、福島弁の朗読は郷里訪問会の旅に興を添える。故郷の味を食し、山菜を土産に、無理なスケジュールではなくゆったりとしたナインクラブの旅となった。11,169歩
 
松本 淳
 
ナインクラブの歌   佐藤鐡夫作詞 
同期の交わり
 
1. われらの梅高 誇りに思い
元気で長生き 楽しく集い
互いの絆を 確かめあって
同期の交わり 続けよ永く
 
2. 真理を求めて 自由に学び
いつでも朗らか 愉快に遊び
互いの思いを 語らいあって
仲間の意識を 強めよ永く
 
3. 尊い恩師の 薫陶受けて
育てた力を 世のため生かし
互いの長寿に 祝杯あげて
ナインクラブ 栄えよ永く
ナインクラブの応援歌
わが世の春
 
1. 緑鮮やか 福島の
いで湯に浸かり 若返り
うまい地酒を 酌み交わし
わが世の春を 謳歌する
 
2. 夢追い求め 健闘し
茨の道を 踏み越えて
われらの歴史 刻みつつ
善戦称え 祝賀する
 
   3. 酸いも甘いも かみ分けて
風さわやかに 心地よく
見えない力 信じつつ
わが人生を 祝うかな
 
 
 
 
 

高10回 同期会 

飯坂に集う
 
母校卒業以来半世紀余、我々福高10回卒メンバーは去る11月1日飯坂温泉、摺上亭大鳥に35名が参集しました。
馬場寛先生、明珍昭次先生のご出席を頂き、5年ぶりの地元開催です。

両先生の今だから話せる話、清水泰清君(茨城県那珂市在住)の筑波山ガマの油売り口上に盛り上がり、話は2次会3次会まで続きました。

翌日は有志による母校見学に14名が参加、同窓の五十嵐先生の案内で昔の面影を探しながら、懐かしいひと時を過ごしました。
 
   
   
 
 

高14回 同期会

高校14回同期会は初秋の9月11日、関東からの8名を含め総勢20名ほどの有志によりふるさと福島で開催されました。

日中は、民報コースでの懇親ゴルフ。天気もよく、遠くに吾妻連峰、眼下に福島市街を眺めながらのラウンドで、 東京近郊では滅多に味わうことができないコースを満喫することができ、また、高校3回の羽田孝夫先輩からは特別賞を差し入れていただきました。

プレー後は、大町「竹屋」での懇親会。「国指定登録有形文化財・ふくしま土蔵づくりの宿」の「竹屋」は、同期・上竹豊君の実家でもあり、「特別サービス・土蔵の中での料理・酒」は素晴らしく、ゴルフに参加しない方も加わり大いに盛り上がりました。二次会は福高同窓会御用達の「千万樹(ちまき)」でカラオケなどを楽しみました。

今回の同期会は、福島在住の林恭良君、菅原征彦君、時雨豊君、上竹豊君達を中心に準備・運営していただきましたが、ゴルフ会、懇親会、二次会すべて福高同窓会御用達での会場設定でしかも格安、「ふるさとふくしま」の良さを
改めて満喫できた同期会でした。

 
(小松恭三)
 
 
 
 
 
 

高15回 同期会
 高校15回卒で、関東地区在住者の同期会が、2006年12月21日19時から、食通の店 飯田橋「めん房」で開かれました。出席者は(敬称略)藤井邦彦、松崎一雄、亀岡祐次、佐野清一、佐久間紘一、鈴木邦源、柳沼重弥、熊坂俊英、西澤経夫、星貞夫、阿部和也、今野金顕、芳賀清次、木村洋一、田口矩之、松谷好明の16名でした。
皆自分の顔は見えないので、相手が歳をとったな〜、白くなったな〜、という印象で、およそ2時間半の歓談を致しました。
その後2次会は終電近くまで、盛り上がった今年の忘年会でした。
来年は福島で全体の同期会も予定されています。

高16回 (昭和39年卒)
関東f16会 第一回ゴルフコンペ
 
2011−7−21(土用丑の日)
 
 介護保険証書が届いたが、元気さを誇示したいと思っている同期の面々が夏季訓練と銘打って名門「立川国際カントリークラブ」でコンペを開催した。
  台風6号が近づいていたので、前々日からお神酒をあげ、台風一過の晴天を願っていた。だが、お神酒の効果が少なく、前半ハーフは小雨交じりで、後半は、お神酒の効果で、日が射してきた。(お昼のお神酒も効果あり。)
 前半は雨、後半はグリーンが速くなった事など 福島弁で激励しあい(?)、慰め合い(?)楽しい一日を過ごした。
【スタート前の集合写真。】〜〜〜〜〜〜小雨の中やる気十分?〜〜〜〜〜〜
 
 
     <優勝:菅野>
      元ハンドボールの選手の実力発揮
 
         <BB:渡辺>
       「100」点満点のBB
 今回の優勝:BBが「次回の幹事」という事になり、本年11月17日(木)に開催する事を決めた。 
 福島の事。政治の事。原発の事。自分達の近況。ほか。…他。 いろんな話題が飛び交い、飲み放題の懇親会が盛り上がった。
 福生駅前の二次会は、今回幹事の山口君の計らい。これは、「想定外」であった。            
以上
 
<参加者:二階堂・山口・金井・渡辺・菅野・桃井の6名>
 
  (文責:桃井)
 

高21回 (昭和44年卒)

高21回・有志9名 大連で同期会!
 
 2013年3月から大連にある大学-大連科技学院-で、日本語を教えている高21回の橋本俊一さんより、同期会のご報告がありました。経緯は次の通り。どうぞご覧ください。
<橋本さんからの投稿>

「大連で福高同窓会」        
                                                      福高21回生 橋本俊一(大連在住)

 私は、昨年(2013年)3月から中国・大連科技学院という大学で日本語教師をしています。3年前の夏に就活のために大連に来たことがあります。大連には、我が宮城県の大連事務所があることを知っていたので、日本語教師の待遇や需要等を調べるために訪問しました。当時の所長が私の出身大学の後輩でした。大学の同窓会の話をしていたら、高校の話になりました。私が福島高校卒だと言ったら、大連に同窓生がいるとのこと。半信半疑だったのですが、早速連絡を取ってもらい彼の職場(当時はフラマホテル)に会いに行きました。そこで今野照穂さんを紹介してもらいました。すぐに間違いなく福高卒で同い年ということが分かり、先生や同級生の話に花が咲きました。彼とはその後何回かメールの交換はしていましたが、それきりになっていました。
 私が昨年、大連科技学院に来ることになってからすぐ連絡を取りましたが、パソコンの調子が悪かったらしく返事が来ませんでした。大連に赴任してから宮城県大連事務所に挨拶に行き、「今野さん、まだいるかな?」と聞いたら、なんと所長と懇意にしていることが分かりまもなく再会。今野さんには福高同期生が大連に来たということで喜んでもらえました。そして彼には、大連在住の先輩として生活面等でいろいろ指南してもらいとても助かりました。大連事務所長と一緒に彼の当時の勤務先である5つ星のフラマホテルで歓迎会もしてもらいました。
 ともに福高21回生ですが、同級だったことはなく高校時代は面識がなかったのですが、異国の地大連で意気投合して「福高卒が2人いるんだから、福島から来てもらって同窓会やれたらいいね」などと冗談で話していました。そしてある時、facebookで3年4組の同級生荘司信行君の名前を見つけたのです。荘司君はスポーツサークル(ハンドボール)だったので、陸上部だった今野さんを知っているかもしれないと思い、大連で2人同窓会をやっていることを書いてみました。すると荘司君から「今野君は、中学校(四中)から知っている!」という返事。「いつか大連で同期会ができたらいいね。」とありました。
 今年になって荘司君から「今野君と橋本君がいるうちに大連に行きたいと思う。今、一緒に行く同期生を募っている」との連絡が入りました。まさかと思っていたのですが、なんと夫婦4組を含む総勢11人がはるばる福島から大連に来てくれたのです。いやあ、嬉しかったですね。大連空港では、「歓迎!福高21回生」という横断幕を用意して御一行を待ちました。私と同じ3年4組(担任氏家仁先生)だった斎藤茂樹君が「歓迎福高」の紙を見つけてびっくり、感激してくれました。
 10月12日〜15日の3泊4日の日程は日本の3連休に合わせての旅行でしたが、中国には体育の日はないので平日。私も今野さんも日中は勤務でしたが、夜は3日間つき合いました。会食の会場には、「福高21回生大連同窓会」の文字を掲げました。3日目の昼食は8月に開店したばかりの和食店「九福」でしたが、ここのオーナーが福島市笹谷の出身。さらに総務部長が福高の2年後輩だったのです。オーナーの粋な計らいで、自家製「イカ人参」を食べることができました。「大連でイカ人参」普通はあり得ませんよねえ。
 日本人が多く住む大連では、日本各地の県人会が開催されています。大連福島県人会も毎月開かれていて、この席で知り合った日本語情報誌「LOOK」の編集長に「福高大連同窓会」の話をしたら、「ぜひ記事にしたい」とのことで11月号に掲載されました。幅広い人材を輩出している福高ですから、海外同窓会は珍しいことではないのかもしれませんが、雑誌に掲載されることはあまりないと思うので、とてもいい記念になりました。福高の同期生が来てくれて、福島弁で福高の思い出を語り合った3日間。「まさか、大連で福高同窓会がでるなんてねえびっくりしたない!」と、今でも今野さんとも話しています。彼らが福島に帰る日の夜、中国・大連の空に「♪記章は香りのいみじき梅花♪」と福高の校歌が響き渡りました!
 
※写真類はクリックしていただくと拡大してご覧いただけます。
10月12日
中山広場にて   大連賓館の中庭の喫茶店
「中山広場」にて
後ろの建物は大連賓館(旧大和ホテル)
 
大連賓館の中庭の喫茶店
初日の歓迎会    
「大連フラマホテル」にて
福島からの同期生の歓迎会
 
     
10月13日
星海公園   大連現代博物館
星海公園
 
大連現代博物館
 
北京ダックが並ぶ会食   展望台がある大連テレビ塔(緑山)
北京ダックが並ぶ会食
 
展望台がある大連テレビ塔(緑山)
 
九福    
福島県人がオーナーの日本料理店
「九福」
(後輩の23回生も入っています)
 
     
 
10月14日
大連名物の火鍋の店    
大連名物の火鍋の店
 
 
 
同期会の事は、地元の日本人向け情報誌「LOOK」にも紹介されました。(記事中、上から3行目の「1966年に同校を卒業した・・・」は「1969年」の誤りです。)
 
BBS
 
LOOK大連について
大連のフリーペーパーで最もページ数が分厚く、発行部数もナンバーワンの雑誌です。表紙が毎号黄色いことが特徴です。飲食店、ナイト情報などが充実しています。大連版タウンページという感じです。ゴルフコンペやハンセン病支援チャリティーコンサートなど独自のイベントも開催しています。姉妹紙が上海にあります。
高24回 (昭和47年卒)
24回同期会サイト
 
昭和47年卒業の24回同期会「文月会」は、毎年7月の第2土曜日、福島で同期会を開催しています。 その様子は、下記のホームページでご覧ください。
(文責 油井)
 
 
 
高27回 (昭和50年卒)
   
平成24年度の関東梅苑会・合同同期会の当番幹事を機会に、関東地区在住の27回卒の仲間で親睦会を企画。
4月26日、港区六本木のレストラン「つるとんたん」にて初めての同期会を開催いたしました。
当日は7名が参加。昭和50年の高校卒業以来、何十年ぶりに会う仲間もおり、懐かしい再会でした。
世話役 佐藤安彦(8組)
 
   
 

 
高28回 (昭和51年卒)
   
首都圏在住の福島高校第28回(昭和51年3月)卒業生の同窓会を、去る平成28年11月26日に、霞ヶ関ビル35階の東海大学校友会館で開催いたしました。今年で3回目になりますが、本同窓会の設立発起人である高荒昌展君も、福島から駆けつけてくれまして、参加者19名で大いに旧交を温めました。
 
28回同窓会
幹事・橘 幸信
 
   
 

 
高31回 (昭和54年卒)  
 
2年9組同級会(2010年)
 
平成22年1月30日(土)15時より、東京駅八重洲地下街の居酒屋で、3年ぶりに同級会&新年会を行いました。
卒業以来30年ぶりに顔を合わせた仲間も出席し、盛り上がるどころか、 高校生並み(以下?)にはじけて大はしゃぎでした!
 
30年ぶりの武藤君(左端)と高橋君(中央)
お店の前で記念撮影
左から丹治信広君、高橋亨君、飯沼敏道君、鹿目哲生君、森淳一君、武藤栄昭君、神門武弘君
 
文責/島田久
 

2年9組 クラス会
一郎先生「よーがす」健在!&「ひげの隊長」お疲れ様でした!
 
日 時:2007年2月24日 16時より

場 所:東京駅内「さがみ」

出席者:斎藤一郎先生、朝倉正能、飯沼敏道、鹿目哲生、神門武弘、佐藤正久、鈴木俊哉、丹治信広、友田裕介(奥さんの久子さん)、 服部高、八巻伸吾、吉田俊哉、島田久。

 前回のクラス会は、卒業以来25年ぶりでしたが、今回はその後3年ぶりの再会。(おやじ顔にもだいぶ慣れました。) なんと今回のメインゲストは、恩師・斎藤一郎先生。先生と卒業以来はじめて再会する人もいて、当時と変わらない「よーがす!」連発に 懐かしく大いに盛り上がりました。
 また、イラク先遣隊長として大いに活躍し、昨年自衛隊を退官した「ひげの隊長」から夏の参議院選挙への立候補報告があり、家族の 反対の中「敢えて国政に挑戦したい」という強い志に一同心を打たれました。名前は売れているものの、選挙活動の実態は思ったより 厳しいようです。31回卒の仲間を中心に佐藤正久君を応援していきましょう! 
文責/島田 久  shimada@yms.net
 
写真1:佐藤正久君が途中で帰ってしまいましたが、参加者全員で記念写真。
写真2:一郎先生と正久君ツーショット
 
 

 
高33回 (昭和56年卒)  
   
祝110周年 「福島高校 第33回卒同窓会」のご案内
 初夏の風も爽やかな頃となり、第33回(S56年)福島高校卒業生の皆様にはますますご健勝のこととお慶び申し上げます。
 さて、福島高校 第33回卒 同窓会を、約30年ぶりに下記の通り開催いたしますのでご連絡申し上げます。

 福島高校も今年5月で、創立110周年を迎えました。10月には110周年記念式典が予定されています。私たちが入学し1年生だった時に、小松左京氏の記念講演を聞いた創立80周年からちょうど30年が経ちました。現在33回卒の吉成健二君(旧3-7)が福高のPTA副会長、関根英樹君(旧3-3)が役員、篠木雄司(旧3-3)がPTA会長 兼110周年記念事業実行委員会副会長を務め、福高を訪れる機会があり「110周年を機に是非30年ぶりに全体の同窓会をやろう」という話になり、地元福島に残っている人間を中心に声をかけ各クラス5名程度の幹事、および東京や海外駐在の幹事を募って準備を進めております。

  クラス担任の先生につきましては、現在10名中8名の参加の内諾を得ており、10名全員参加して頂けるよう交渉中です。また教科の先生もご出席していただける定です。各クラス幹事も、連絡がつく人には、是非全員に参加してもらおうという意気込みで連絡・準備に奔走しております。ご出席いただく先生方の手前もあり、万障御繰り合わせの上、是非ご出席ください。
 30年ぶりの同窓会ということで、幹事および事務局で、連絡先を把握できない人も多いので是非お誘い合わせいただき、案内が届いていない人がいれば、事務局へご連絡ください。


                 開催日時       平成20年8月9日(土)  午後6時

               開催場所       ホテル辰巳屋   024-522-5111

               会   費       7,000円 (内2,000円は先生への記念品・事務連絡費用等)

               振 込 先       東邦銀行 飯坂支店 普通預金 469286
                             福島高校33回同窓会事務局 幹事 篠木雄司(シノギユウジ)

 ※会費につきましては、7月31日迄に上記口座へお振込みください。

お願い : 封筒の名前の下に印刷されたNO:例“301-012”を名前の後ろにつけてご送金いただけると管理上とても助かります。当日現金での受付も可能ですが、事前準備・連絡費用等もあるので極力早めに振込でお願いできればと思います。
なお宿泊については、旧3-5の安田君の勤務先の東急インを準備させていただく予定です。

出席予定の先生

[クラス担任]

  星浩次先生(2組)   成田努先生(3組)   竹石武司先生(4組)   西野正治先生(5組)

  高野弘道先生(6組)  佐々木俊昭先生(8組) 星重宗先生(9組)    菅野暁先生(10組)


[教科担任]

  倉島邦男先生(数学)  桑原茂先生(物理) 佐藤忠知先生(英語) 

 可能性あり(高麗正宣先生(音楽)  斎藤尚也先生(世界史)


1組担任の安倍武先生は、82歳の高齢のため、また7組担任の水野信先生は、いわきにお住まいのため、まだご承諾を頂いておりませんが、なんとか当日ご出席いただけるよう、送迎の対応も含め、継続してアプローチしていきます。是非30年ぶり、110周年のお祝いも含め、クラス担任の先生には、全員そろってご出席いただきたいと思っていますので、機会がありましたら、皆様からもお声掛けいただきたいと思います。


クラス幹事

  1組 ◎渡邉健二 小口直孝  渡邉政孝   菅野剛   中村(斎藤)徹

  2組 ◎安藤聡哉 伊東邦彦  尾形信敬   千葉洋之  安田博一

  3組 ◎関根英樹 金子與人  岸波和也   横山貴英  菅野敏

  4組 ◎梅津照清 大沼重幸  島貫眞一   斎藤宏顕  佐藤(古関)毅

  5組 ◎半澤裕介 菅野晋   宍戸与一   市山幸弘  岸本正輝

  6組 ◎鈴木暁夫 伊藤一弘  菅野博康   星克佳   藍原茂夫

  7組 ◎佐藤浩規 吉成健二  古俣猛    清野成彰  山岸裕幸

  8組 ◎松浦五月 宍戸吉弘  大和田真人  安田悟   長島茂雄

  9組 ◎佐藤伸一 佐藤洋一  大河内浩之  熊坂淳一

 10組 ◎星健次  角田耕也  佐久間順一  斎藤康浩  浜崎濱一

  ◎印の幹事に各クラスの名簿の取りまとめをお願いしています。


東京方面幹事

    石崎達朗(3組)   斎藤勝宏(8組)   斎藤宏顕(4組)     高野浩明(1組)   長島茂雄(8組)


海外担当幹事


     タイ駐在幹事 山本伸行(3組)      インド駐在幹事 三菅文生(4組)


職域別幹事


     東邦銀行 = 高橋仁(2組)     福島信用金庫 = 高橋透(6組)     小学校担当 = 宍戸与一(5組)   

     中学校担当  = 横山貴英(3組)   県庁担当 = 菅野敏(3組)


事務局
〒960-0101 福島市瀬上町南中川原21-2  株式会社アレックス内
福島高校33回同窓会 事務局   幹事 篠木雄司 (3組)
TEL024-554-6071   FAX024-554-6072  携帯 090-6683-1000   

メール:yujishinogi@song.ocn.ne.jp   kimitachi@goo.jp


諸事情により事務局を上記関連会社においておりますが、飯坂の(株)アポロガスの方にいる事が多いので、
ご連絡は携帯電話へいただければ幸いです。
 

 
高37回 (昭和60年卒)  
 
福高を卒業してから早18年になります。

年に何回か関東在住の者で集まり、ビジネスのこと、家族のこと、趣味のこと等々を語り合って、旧交をあたためようではありませんか。

ということで飲み会をやりましょう!!

関心のある方もない方もとりあえず御連絡ください。



大野 雅樹
〒102-0093 千代田区平河町2丁目5番5号 全国旅館会館2階
永田町新綜合法律事務所
TEL:03-3234-9811(代表)
TEL:03-3234-9815(直通)
FAX:03-3234-9817
 

 
高58回 (平成18年卒)  
 
共学1期(58回卒)の若き音楽家たち  熱き福島への思いをコンサートで実現
 
■東京公演   ■福島公演
日 時 : 8月8日(水) 18:15開場/18:45開演
会 場 : スタジオ ヴィルトゥオージ
     (JR大久保駅・新大久保駅より徒歩5分)

出 演 : 武石頼子(Pf)・二瓶舞子(Sop)・宮西一弘(Ten)
友情出演 : 平川加恵(Pf)・加藤大貴(Vn.)他
  日 時 : 8月12日(日) 13:30開場/14:00開演
会 場 : 福島テルサFTホール (福島市上町)

出 演 : 工藤保香(Pf)・鈴木香奈子(Pf)・武石頼子(Pf)・     二瓶舞子(Sop)・野内康宏(Fl.)・宮西一弘(Ten)
友情出演 : 平川加恵(Pf)
【両公演共通】 入場料 : 一般1,000円(高校生以下無料)
●同期のソプラノ歌手やテノール歌手結集
  グループ名は校歌に由来


 共学世代1期生(高校58回卒)の仲間で『福島の子どもたちに贈る―チャリティコンサート』がこの8月8日(東京都新宿区・スタジオヴィルトゥオージ)と12日(福島市・福島テルサ)で行われた。
 この企画は東京に住む58回卒で音楽家を目指す武石頼子さん(渡利中・東京音大卒・現在音楽教室講師)、二瓶舞子さん(福島一中・東京芸大卒・現在ソプラノ歌手)、宮西一弘さん(信陵中・国立音大卒・現在テノール歌手)ら、音楽関係の大学を卒業、それぞれ音楽家を目指す人たちが集い実現した。
 グループの名前はfiorire(フィオリーレ)。花咲くという意味だが、この名前も福高校歌の<花咲きみのりて 世のため立たん>の一説から取り、結成したのはお互いに東京で学生生活を送っていた2008年のこと。一人ひとりが、音楽家として<花咲く>ことへの決意、夢が込められている。
 そして2011年3月11日。東日本大震災。ふるさとには放射能のチリが降った。大学は卒業、音楽家としてそれぞれ歩み出していた。故郷に住む、家族や友人、後輩たちは目に見えない汚染の中、ふるさとの再興のために生活している。
 中心になった冒頭の3人は、東京で生活しているが"ふるさとのために何かできないか""ふるさとのために歌い、演奏したい"という思いが込み上げてきた。
 その熱い思いだけで、今回のチャリティーコンサートは実現した。
 ●後輩たちも友情出演。レベルの高いコンサート
 東京公演を拝聴した。入場者は40人も入れば満員となる小さな会場だ。
 ソプラノ歌手二瓶さんの歌、テノール歌手宮西さんの歌、武石さんのピアノ、二瓶さんの友人の平川加恵さんのピアノ。モーツァルト、フォーレ、ベートーベンの名曲を原語で歌う。一瞬、大きなオペラハウスで聴いていると思えるほどのレベルが高い。
 このコンサートには、58回卒の二瓶さんらが教職取得のために福高に教員実習に行った際の教え子で音楽家を目指す加藤大貴さん(東京音大在学中)をはじめ伊藤雅成さん(立教大在学中)ら都内の大学に在学中の後輩たちも出演している。
 最後には、"ふるさとの四季"のメドレー。出演者がふるさとに思いを馳せて歌う懐かしいメロディー、会場には福島出身者も多く、思わず美しいふるさとの光景を思い浮かべ眼を濡らしらながら一緒に口ずさむ姿も見られた。

 12日の福島公演は、東京の公演のメンバーに加え地元福島在住の野内康宏さん、鈴木香菜子、東京在住の工藤保香さんも加わり公演した。
 収益金の12万4259円は、福島民報社を通じ『東日本大震災ふくしまこども寄付金』に寄贈されている。
 若き音楽家を目指す卒業生のふるさとへの熱き思い、その歌声や音色はこれからも多くの人の心に響くはずだ。 

 
チャリティーコンサート
 
チャリティーコンサート
 
チャリティーコンサート